不安

不安というものは、失業者になると現実のものとして現れるものです。漠然としたものではなく、不安を解消する見込みが立たない状況が継続している状態と言い換えることもできます。
 先ずは、生活費の不安がリアルにのしかかります。“一身上の都合”による退職者は雇用保険の支給に条件が付されているので、すぐに給付を受けることができないからです。こうした待遇はどういった理由によって合理性を与えられているのかは分かりませんが、少なくとも行政の私に対する認識(=わがままな役立たず)を象徴しているように感じられます。また、生活保護を受けるのは数少ない身内に迷惑をかけ自分がさらに孤立する結果となるのでできそうもありません。
 貯金などの資産が充分にある訳がありません。貯金ができるような収入を得ていたわけではないので。わずかな蓄えを使いつつ、クレジットカードで日々の買い物をすることによって支払いを先延ばしにして当座をしのいでいるといった状況です。といっても当てはいまのところついていません。既に給付も終了したいま、苦しいなかで続けてきた保険の解約をする日も遠くはないでしょう。時代錯誤ではなく、米びつの中にある米が減っていくのがとても切なく感じられる毎日です。
 次に、将来の先行きへの不安が重くのしかかります。他人に言わせれば、既に自分にはろくな将来は待っていないのだということになるのでしょうが、実は問題はもっと深刻だと思います。将来性があるかどうかではなく、将来も生存していられるかどうかということです。少し飛躍して言うと、既に社会では必要とされない状態であるので、年を取ったら生きている価値さえないものとして扱われるのではないかという恐怖です。失業者はときに犯罪者のように扱われるものなのです。確かに勤労の義務を果たしてない状態であることに違いはありません。しかし私は思うのです。既に社会的な制裁は受けているのではないか、と。そして私はこう言いたい。こんな私ですが、どうか私に仕事をさせてくださいと。

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